商店街とバニラ

小さかったあの頃は

なんだってベタベタしていた。

 

ブランコの鎖もくるくる回るメロンもジャングルジムも滑り台も。

 

「おかいものいくよー」長い坂道を下って買い物に行く。

 

 

混雑した商店街を歩いて、市場の入り口で立ち止まる。

 

 

アイスクリームのショーケースから

いつも選ぶバニラモナカ

 

 

パッケージを開けて、食べ始めると、
「ここでじっとしてるのよ。絶対誰にもついていっちゃだめよ。すぐに帰ってくるからね。」そう言い聞かせて、人混みの中に消える母。

 

アイスをむさぼる3歳の私。

 

昭和の平和な時代。

そうやって待たされている子はきっと、

あっちにもこっちにもたくさんいただろうし、

不思議なことでもなんでもなかったと想う。

 

寒くなる頃にはそれが
いか焼きになったり、
さつまあげになったりしたが、
それはまだ後の話である。

 

そして事件は起こる。

その日は少し気分が悪かった。

家でゆっくりしていたかったが、

いつものように「おかいもの」に連れ出される。

その幼さ故、うまく表現ができなかったのだろう。

 

じりじりと太陽が照りつける中、

坂道を歩いて下っていく。

前方に落ちる母と私の影。

母の日傘の影は長く、

自分の影はその半分にも満たない。

ミンミンゼミの大合唱がやかましく響いていた。 

いつも通り市場の入り口でバニラモナカを持たされる。

人混みの中に母が消えていく。

裾が少しだけシースルーになった

淡い水色のワンピースは母によく似合っていた。

連続で食べているバニラモナカには、

だんだん嫌気が差してきていた。

喉が乾いたなぁ。

という感覚を持ちながらも
小さな私は言語化できない。

それはただ

ムズムズする

カラカラになる

そんな脳内イメージで、

言葉にすることができなかった。

両手に持ったバニラモナカと、

身体の妙な感じが共存している。

 

たくさんの人が行き交っていた。

私はただバニラモナカを持ったまま、

通行の邪魔にならないよう、

端っこに立っていた。

おばあちゃんの手押し車

誰かのベビーカー

お喋りしながら歩く人々や、

荷物を担いで通り過ぎるおじさん

背中から聞こえる信号機の音

自動車、クラクション、排気ガスの匂い。

「なんで(中に)連れてってくれないのかなぁ」

ボーッとそんなことを考えていた。

そして

ボタっと音がした

 

「ひっ!!」

サンダルを履いた両足の甲の上に冷たいものが触れる。

 

持っていたバニラモナカの中身が下から漏れ出て落ちたのだ。

 

手にはモナカの皮だけが残っている。

本丸を失った上に、それが足の上に落ちると言うショック。

気持ち悪い。ベタベタする。

手に残るモナカの残骸。

両手もベタベタになっている。

え?

え?

わーーーーーーーーーーーーん!!!!

耳から頭の中心部までに大きな大きな泣き声が響く


自分の声だと気づくのに数秒かかった

残骸アイスの上に涙と鼻水がぼたぼた落ちる。

商店街を歩いている人たちが集まってくる。

母の姿はない。

薄青いメガネをかけたおばさんが小銭を差し出して
「これでアイス買おう!!どれがいいの?」
とアイスのケースに(ベタベタの私を)連れて行き
選ばせようとしたり、
ティッシュやハンカチを駆使して手足を一生懸命吹いてくれる女の人や
「好きなんもっていきー!」とキメ顔で言う店主や、
どうしたの、だいじょうぶと声をかける人や、
知らない人ばかりが集まって、必死に私を泣き止ませようとしていた。
戻ってきた母は、騒ぎの中心が私だと知って、
慌てて謝ったり、お礼を言ったり、とにかく焦っていた。

 

そして私はもう

バニラモナカを食べなかった。

 

ある昭和の風景である。

清水佳代

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