初の英語プレゼン

人生初の英語プレゼンは、

8歳の時だった。

「佳代ちゃんにしかできないお願いがあるんだ。

あそこにいる人の前で、これを読んでくれるかな?」

叔父さんは、

ちょっぴりエリートさんだ。

自動改札機や押しボタン信号、

かの有名な、肩こりマッサージ機を開発した会社の、

支社長をつとめていた。

ビルゲイツとも会ったことがあるらしい。

その頃は、海外出張が多くて、

スペイン マドリード

スイス 

イタリア ローマ

世界中から絵葉書をくれた。

Roma

ローマからのハガキがついたときは、

「佳代ちゃんこんにちは

僕は今、長くつの国、イタリアにいます。」

頭の中に

その時お気に入りだった真っ赤な長靴が浮かんだ。

「この長靴の中に、叔父さんがいるのかな」と不思議に思ったものだ。

真っ赤な長靴を履くたびに、

叔父さんが靴の中にいるような気がして、

叔父さんの顔を思い浮かべては、

踏みつぶしたりしないように、

そっと歩いたりしたのだった。

それでもやっぱり小学生だから、

水たまりには、わざわざ入っていく(笑)

そんな叔父さんが、

東京へ向かう新幹線の中で、

メモを渡してくれた。

メモには、こう書かれてあった。

Excuse me, Please “Turn the seat” My name is Kayo Shimizu.

もちろんカタカナも書いてある。

叔父さんに連れられて行くと

少し恥ずかしそうにしている、

いとこのジュンコちゃんの横に、

テレビドラマで見たことのあるような顔の、

金髪で青い眼の、ショートカットの外人女性が座っていた。

(当時は外人さんって珍しかった。

小学生が、見つけた瞬間「うわ!外人や!」っていうくらい。)

後ろの座席に、祖母と祖母の甥

(私からすれば「大おじさん」らしい)

くるっと座席をターンさせれば、

ばあちゃんたちと話せる。

昔の新幹線の座席は
手動で回転できた

ジュンコちゃんは、中学生でシシュンキだ。

小学生の私はよく、

「シシュンキはタイヘン」と、

誰かから聞いていた。

タイヘンなジュンコちゃんを助けるために、

佳代の出番です。

私がガイジンさんの前に立った瞬間、

満席の新幹線の乗客が一斉に、

こちらを見るのがわかった。

こうなると心臓がドキドキしてくる。

さあ!

読み上げた!!

全く伝わらなかったようで、

ガイジンさんは、微笑みながら、

メモを見せてと手を差し出した。

そうか、叔父さんはこうなることを予想して、

英語も併記していたのか。

ガイジンさんは、

メモを読んで何度もうなずいた。

そして多分

オーケーとかサンキューとか言いながら、

握手を求めてきた。

ガイジンさんと握手しながら、

顔が真っ赤っかに なってしまったのを覚えている。

後ろで見ていた叔父さんは、

「いやー!素晴らしいね!!」

と頭をクシャクシャ撫でてくれた。

数分後、その女性は、

ばあちゃんたちとお菓子を

食べていた。

国際交流が始まっている。

伝わるってすごいことだ。

「君にしかできない」なんて言われると、

人は、大喜びでがんばるんだな。

愛されて育ちました。

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